KANACANADA

9月中旬から半年間カナダへ留学するプロのイラストレーター志望のkanonの体験記(メモ書き)ブログ。

Japanese Church(後編)

こんにちはkanonです。前回の続きです。

 

キリスト教一神教

 

日本の信教ようにたくさんの神様がいて、キリスト教の神もその神の一つ、そういう考えは通用しませんし、キリスト教を完全に信仰する人(洗礼を受けた人)にとっては「神様がいる」というのが当然なのです。理論や理屈関係なくそうなのです。

 

「神様って本当にいるの?」なんて質問がキリスト教徒にとっては地雷(人によると思いますが)だということもここで知りました。

 

中には、ダーウィンの進化論を完全否定する科学者だっています。

 

そして、私の教会の皆さんが進化論が間違っているということを口々に言うものですから、その様子が少し恐ろしく感じたのです。

 

そして調べ、悩んでいるうちに来る日がきました。

 

「聖餐会」です。

 

これはキリスト教の洗礼を受けたものが、キリストの血と肉を模したパンとぶどう液を頂く儀式。

 

まだ洗礼を受けていない私ですが、この時は「信仰告白」が略式の洗礼だと思っていたので、とにかく焦りました。

 

「私はキリスト教徒じゃない!」ここまで来て、いい出せませんでした。

ですがそのパンとぶどう液は私の元には来ませんでした。

 

後でぶどう液とパンをもらっていた医療通訳さんに聞いてみると、

 

「あれはちゃんと水を浴びて洗礼した人しかできない儀式なんだよ」

と教えてもらいました。「でも、信仰告白しちゃった」と焦って伝えると

 

「本当の洗礼はそんな簡単なものじゃないよ、本気で洗礼を受けたいなら最低でも1、2年はかかるんだよ」

 

と教えてもらいました。

 

つまり私はまだ、キリスト教の完全な信者ではない。

 

水をかぶらなければ(洗礼を受ける)、完全な信者にはなれない。

そしてその洗礼を受けるのは結構難しい。

 

肩の荷がすっと降りた気がしました。

そうだ、あの優しい牧師さんが無理やり人の意思を聞かずに洗礼をするわけがない。

この時ばかりは神様に目一杯の感謝を伝えました。

 

そしてそれからというもの、肩の力が抜けた私は

「教会の人と関わっている時だけは、キリスト教徒でいよう」

という考えのもと行動をするようになりました。

 

誰だって、自分の信じているものを馬鹿にするような態度を取られることは嫌ですから、せめて教会の人と関わっている時は、本気の信者として振舞おうと思ったのです。

どうせ洗礼は難しくて、今の私にはできないのだから。

 

若干の諦めと、糸がほぐれたような開放感から、私はこの教会での生活を本当に楽しめるようになったのだと思います。

 

信者外からの、つまりキリスト教に対する第三者からの目線を残しつつ、キリスト教に対する理解を深めよう。

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そうしてこの絵が生まれたのです。「赤い靴」

赤い靴は二つの物語を参考にしています。

一つはカーレンという娘の出てくる童話の方の「赤い靴」。

赤い靴 (童話) - Wikipedia

もう一つは日本の童謡の方の「赤い靴」。

赤い靴 日本の童謡・唱歌 歌詞と試聴

 

このどちらも関わってくるのが「キリスト教」。

童話の方は、カーレンが反省しキリスト教教会での慈善活動に勤しむこと。

童謡の方は、赤い靴を履いた女の子が、キリスト教の宣教師に引き取られて異国に行くこと。そして、キリスト教の洗礼を受けたことを歌詞で「青い目」と表現していること。

この絵において中央の少女以外は全員「青い目」です。

中央の少女は「アミー」という「魔女」であるという設定があります。

thought-portfolio

宗教上、魔女は神に背くもの。つまり、この青い目の人物は「魔女」であるアミーが見えていないというわけです。きっと存在すら知らないのでしょう。

 

それでもアミーは自分を認識できない人たちのことを知っているわけです。

そして、かつては自分のことを認識できたその人たちを、赤い靴を見ながら考えていることでしょう。

 

キリスト教について面白いと思う反面、シニカルに見ている部分もあるという自分の内面がよく出ているな〜と文章にしていて思いました。

 

第三者としての目線とキリスト教への学びを同居させ、教会との関わりを心から楽しむ事ができるようになったのです。

 

その一方で、自分の悩みを解決するような教えだったり、得しそうな情報はじゃんじゃん吸収させていただきました。

 

そうやってキリスト教との共存を楽しんでいる中、ついにカナダでの最後の礼拝の日がやってきました。教会の皆さんにお別れ会を開いていただき、 さらに教会で友達になった方ともお茶をしてきました。

彼女はまだカナダに残るので、わたしが買い貯めたけど封を切っていなかった日本食を全て譲りました。もちろん賞味期限はちゃんと確認しましたよ!

 

日本に帰ってからも教会通いはできる範囲で続けたいと思っています。洗礼を受けるとかは今の所考えていません。初詣には神仏に手を合わせ、クリスマスにはチキンを頬張りつつキリストの誕生日を祝う。結局キリスト教について学んでも、この生活を変える気はしばらくありませんが、もっと学びたい…というジレンマを楽しみつつどうしようか決めようと思っています。

 

キリスト教だけでなく宗教に関しては、たいていの人が自分の宗教を持っているため、世界共通の話題です。現にわたしも留学生間で宗教の話をしたことがあります。

 

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そして宗教を持つほとんどの人が「その宗教に一生を預ける覚悟がある、心から信じている心から信じている」人たちです。

 

宗教が違えど、一生をかけて信じる人たちを理解しようとする。

 

そういった意味では今はまだまだおちゃらけてるようなkanonですが、これからの学びとともにそういう気持ちを育んで生きたいと思いました。

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 (最後に。大学一年の、まだ宗教についてよくわかってない頃に描いたイラストですけど、これが一番宗教画っぽいです)

 

 

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